加藤元浩 『Q.E.D.』 26巻 講談社

Q.E.D-証明終了- 26 (26)

以下、ネタバレが少々あります。

名探偵とは斯くなるほど(客観的には)盤石でなければならないのだろうか。と頭を抱えてしまうほど、この巻の燈馬くんは印象深い存在でした。それは当然のように最初に収められている「夏のタイムカプセル」によるものが大きいと思います。

水原さんの過去をめぐった事件、という点では「日常の謎」に分類される話ですが、そのようなものであるが故に彼女自身の感情へと帰結するラストになっています。その揺れ動く感情すらも救い上げる燈馬くんの存在は非常に直截的に我々読者へと伝わり、そして涙を流していた水原さんもまた彼の背中が非常に大きいものであろうかのごとく見つめています。やはり彼は名探偵なのだ。

と思いページをめくっていくと、次に収められている「共犯者」ではまた別の感想を抱くこととなります。いや、「名探偵」というレッテルは決して剥がれることのないものではあります。親友が起こした店を存続させるために行なった殺人を見事なトリックと法の穴を突いて、冷静にそして穏やかに逃れようとした殺人犯を「名探偵」として問い詰め、暴き出す。その行為自体は至極尤もなことです。

「だって堀さん、あんなにイヤがってるのに・・・」
「それは理由にならないのさ。人はどんな行動にも、それを正当化する理由を思いつく。奴から見れば、絵を売らない堀さんが依怙地なだけで、自分はそれを説得する努力をしてると信じてる。ヤツにとって絵を手に入れることは当然のこと。止めることはできない」

殺された尾原は読者には非常に悪徳の嫌なヤツとして描かれています。それは当然のことながら、店側の視点からストーリーが描かれていることに多く依拠していることでしょう。そして、上記の言葉はその尾原を差したもの。これは燈馬くん自身にも実は当てはまっているのではないでしょうか。

「夏のタイムカプセル」で見せた見事なまでの名探偵ぶりは、この話でもぶれることなく披露されます。例え、彼の行動によって店がまた一から出直さないといけない状況に陥ったとしても。描写が多い分だけ、感情移入しやすい店自体を考えると、「そこでやったら、崩壊するじゃないか!」と思ってしまいますが、彼の行動は至極正当なるものです。

燈馬くん自身は非常に盤石の精神で、まるで名探偵然としているように見えるから、分かりにくいですが、色々と思うところはあるのでしょう。数巻前の数学者の足取りを追い詰めているときとか、この巻でもお年玉をもらったときとか。

何を書いているのか、よく分からなくなってきましたが、要はミステリとして面白い、ということだけです。