木尾士目 『げんしけん』 8巻 講談社

げんしけん 8 (8)

「それに妄想は誰にも止められないし」
本書76ページ

8巻に収められている話が連載されていた時の、僕の周囲の盛り上がりといったら、それはもう大変なものでした。あまりにも会う人会う人に話題を振られるので、コミック派だというのに先輩にアフタヌーンを借りて読んでしまいましたよ。通して読むと、勢いそのままにあのときの盛り上がりも頷ける気がします。

というより手放しで拍手を送ろう。

当初、主人公の笹原という存在は、大学生になって初めてオタク仲間(サークル)に入って、初めて濃い話をして、初めてパソコン買って、初めてコミケ行って、初めて同人誌を出して・・・と要は読者が彼を通して、オタクリテラシーを高める、もしくは追体験をするための存在であったわけです。それは主人公であるからこそ、影の薄い、そこらへんにいるような中途半端なオタクとして描かれてしまったのでしょう。そういう点で彼がここまで成長するとは全く思いもしませんでした。もう彼も就職が決まった4年生になるわけですから・・・。

「でも私は・・・男の人とはつき合わないんです」
本書54ページ

それは8巻のヒロインである荻上も同様で・・・というのは個人的な感性に基づくのかもしれませんが、彼女には全く魅力を感じてはいませんでした。実は今でも漫画のキャラとしてのビジュアル面では惹かれるものはありませんが、しかし、この巻で繰り返されるメンタル面の重さ。途中参加してきたキャラがここまでの重さでもって話を構成してくるとは思いませんでした。その一種の僻みと歪み、それこそがやはりオタクであり、荻上さんなのでしょう。

「バカだね、ここで追わなきゃ一生後悔するっての!!」
本書57ページ

いつしか読者は連載初期の笹原くんと視点をリンクさせていたのとは違い、次第に春日部姉さんや大野さんへと並行移動していくことになります。一つの傍観者として、胸を高まらせながら。それにしても傍観者としての斑目は顔を赤らめたり、所在がない雰囲気が濃厚に漂っていてリアルですね。確かに目の前で青春を繰り広げられながら、顔色一つ変わらない高坂くんや、ひたすら写真とっているクッチーはどうかとは思いますが。

 人間の機微を描き出すことの上手さは『四年生』や『五年生』で既に発揮されていた感がありましたが、それと同様に『げんしけん』においても人間関係の切り取り方、そして読者への提示の仕方の上手さは遺憾なく発揮されたかと思います。いったい、9巻はどうやってしめるのだろうか。ここまで盛り上がったテンションはやばいです。